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2017年01月17日

ブラジル最初のフライト

ここで再会するパイロット達は、再会の喜びの挨拶の後は、必ずと言っていいほど、
今回使用するグライダーの話になります。

今回話題のグライダーはOZONE社の新型機であるZENO、GIN社が出した最新鋭の競技機
Boomerang11、そしてOZONE社現役競技機のENZO2。この3機種のどれを使っていくのか。
みなその性能差がわからないので、この日のフライトで少しでもその性能の差を見たいと思っていたはず。
ちなみにBoomerang11はメーカー直属のパイロットの7名のみがそれに乗り、ZENOは40人を超える選手が使用する
ことになっています。

私もその中の一人。

それも一つだが、それよりも飛べる!!!!
ようやく飛べる!!

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この日は公式な練習日ではないので、T.O.(離陸場)までは自分たちで行くしかないので、タクシーで行きます。
町からT.O.までは車で30分ほど。

今回の日本人参加者の廣川選手、聖子選手とも一緒です。

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雲は低いものの、サーマルはしっかりしている様子。
よしよし、ということで早速フライト開始

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同じように多くのパイロットたちが飛び出してきます。
そして、みな塊になっていくつものグループができて飛んで行っています。

みな、考えることは同じ・・・・・。

私もBoomerangと、ZENOのいるトップパイロット達のグループと合流して飛びます。

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上昇、滑空、アクセル時の安定性、そういうのを試すのにぴったりなコンディション。
強いサーマルも弱いサーマルもあるので、いろいろと試すことができていく。

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実際の印象は、BoomerangもZENOもかなり安定性が高いグライダー。
通常のグライド時は、ZENOとENZO2だと、ENZO2のほうが、滑空費がよく、ふわふわと浮いていける感じ。
しかし、とっぷすぴどはENZO2がこの2機に劣ります。

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各パイロット達も、自分たちのグライダーにまだ慣れていない様子で、一通り移動した後は、
グライダーをストール(失速)させてみたりしているので、それもしっかりみて、グライダーの性能を確認。

さすが、最新鋭のグライダー達、失速からの回復が早い。
でも挙動はどちらも競技機の動きをしている。

2時間のフライトは非常に有意義で、楽しい時間。
各グライダーの性能差を見るという大義名分を自分に言いながら、トップ選手たちと飛ぶ。
これは本当に楽しいフライト。

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さて、今日はこの辺でということでランディングのあるバラダレスへと戻ります。

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ランディングは町の中、しかも大きな川の隣の広場。

うーん、慣れないとプレッシャーになりそうな場所。
広場は十分大きいから、慣れれば問題は全くないんですが。

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降りた後は、昨日までと違って、真夏の暑さ。
グライダーたたんでいるだけで汗が滴ってくるほど。

最強寒波が来ている日本とは対照的。

フライトの様子を360カメラでどうぞ



フライト後は、この国のSimを買って、電話を契約。
契約は意外と面倒。
ただでさえ言葉が通じないので、ゼスチャーも加えて、あとは愛嬌で。

町も月曜日ということで、昨日と違って祭りのような活気にあふれています。
明日は公式練習日。
トレーニング用のタスクを組んで飛ぶので、試合に近い形のグライダー性能が見れる。
よしよし、コンディションも日に日によくなっているし、天気もコンディションも上昇していってます。

posted by Yoshiki at 16:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

雨の初日は・・・

バラダレスの一日目は、雨で始まり、少しずつ天候は回復していくものの、雨が止む程度の回復。
初日なので、体も慣れてないということで、ちょうどいい体休め。

「冒険」といっても、大会参加の場合、いや、それよりもパラグライダーエリアがあるとこに行けば、
誰かしら知り合いに会うことのできる。特に知り合いがいなくても、一人であちこちと動き回るのが好きなので、
新しいものをみれたりするので、それはそれで楽しんでいるのですが。

体も動かせていなかったのと、時差ボケ高なんだかもう訳が分からなくなっている脳と体を動かすために、
朝からランニングをすることに。

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生ぬるい気温と、湿度が高いので、なんだか走っていて気持ちがいい!という感じではありません。
しかも、ここの町はだだっ広く、高低差がない大きな町のために、走っても走っても、似たような景色。

町の端には大きな川が流れており、そこの中にある中州には、この町の高級住宅街。
しかし、川の色もきれいとはいいがたい色。

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ちなみにランディング(着陸場)は離陸した場所からこの広い川の対岸に当たる場所。
間違っても川にはいきたくない・・・・・・。

ちなみに、中州に行くには唯一一つの橋をを渡るか、至るとこにある渡し船を使うか。

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この何にもない場所にこれだけ大きな町ができている理由(ここには観光は唯一パラグライダーなので、
観光客も訪れない)は地下鉱山の採掘で大きくなっているのだそうです。

地元のブラジルパイロットの友人が教えてくれました。
そう、ランニングが終わってから、世界的に有名なパイロットの一人であるフェリックスと会い、再会を喜んだあと、このブラジルパイロットの
友人Samuelと落ち合い、ランチに連れて行ってもらった。
彼は昨年564qという直線飛行での世界記録を作ったパイロットで、その時の話をしてくれた。
朝6時から夕方6時まで12時間飛び、追い風に乗って滑空するときは時速100q/hを超えていたそうだ。

そんなチャレンジに私も挑戦していきたい・・・・・。


すでにホテルでは、ワールドカップ常連のメンバーが集まりつつあり、
ホテルに戻るたびにメンバーたちと再会する。

先日、台湾であったイドリスもちょうど到着。
彼らは道中、グライダーはロストするは、ここに到着したとたん、酔っ払いの車に自分たちの車をぶつけられるとか
なんだか災難な道中だったようだった。

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食事をしたらすっかり気分もよくなっていたけど。

天気は徐々に回復傾向。
本番には最高のコンディションになりそうだ!!
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posted by Yoshiki at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月15日

51時間

たどり着いたのはブラジル時間で日付が変わったあたり。
本来なら朝方につく予定だったのが、6時間ほど早く着いた。

それもこれも、最後の乗り継ぎ便のサンパウロでの飛行機待ちの時に、
同じ飛行機を待っていたイタリアチームと会ったからだった。

X−ALPSパイロットのアーロンをはじめ、イタリアチームも競合ぞろい。
そんな彼らも久しぶりに再会できたことを喜んでくれた。
彼らも私の事故のことを知っていた。

「再会できたことが嬉しいよ、ヨシキ」
そう声をかけてくれたことがなんだか帰ってきたなぁ。と感じてしまう。

最終到着地であるVitoria空港からは、本当なら超距離バスを使っていかないと目的地であるバラダレスには行けない。
しかも、このバス、予約制で、しかも日本からだとサイトで予約できないシステムになっている。
私は、今回ブラジルの友人であるAndre(彼もワールドカップパイロットだが、今回奥さんの出産日がこの大会期間内ということで来ていない。)が私の予約を取ってくれていた。それだと、深夜にでて、朝方に到着という予定だった。

しかし、イタリア人たちは、自分たちでミニバスをチャーター予約していて、それにひょっこり便乗してきたのである。
おかげで、最初のブラジルの夜をベットで寝ることができた。

道中、数時間ごとに不定期で寝ていたため、なんだか時差がどうとか、よくわからない。
でも、深夜1時に寝て、7時に起きることができた。
このまま時差ボケがなかったら楽なのに・・・・。

目が覚めると、なんだか聞きたくない外の音がする。

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雨・・・・・・。

50時間かけて到着した初日が雨だと・・・・・
まぁいい。
今日は携帯Simをかったり、必要な暮らしのものを買ったり、
3年ぶりに来たこの街を散策するとしよう。


posted by Yoshiki at 18:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

新しい冒険のはじまり

今日から新しい冒険の始まりです。
事故から一年たたずにこの舞台に迎えることができて、本当に感謝の気持ちです。

主治医の呆れても頑張ってきてくださいねという言葉はなんだか心に残りましたし、
様々な人からのメッセージ、そしてパラグライダーをやっていない人からも激励をいただけて本当にうれしいです。

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役場の人だったり

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飯島町町長だったり

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宮田村村長だったり

とにかく全力で楽しんで来ようと思います。


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数日前まではもう準備もできていない状態でしたが、
何とか荷物もまとまり、今はセントレア空港にいます。

今回の旅程は:セントレア→成田→ニューヨーク→サンパウロ→ヴィトリアと飛行機を乗り継ぎ、
最後にバスに乗ってヴァラダレスに向かう工程。

乗り継ぎが、数時間づつ、2,7,7とあぁ、待つ時間が14時間かぁ。
それに東京→ニューヨーク 12〜14時間、ニューヨーク→サンパウロが12時間・・・・・。
あぁ、これだけで38時間かぁ。

わかると長く感じるから計算しないようにしてたけど・・・・・。
してしまった。

あ、それにバスが3時間くらいだって言ってたしなぁ。

仕方ない。
応援してくださるときは下を向いて応援してください!!
地球の裏側なので。

ヴァラダレスは以前一度行った場所。
その時はボロボロでしたが、経験値はあります。

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さて、日々のレポート、行くまでの過程をレポートしていきますので
こうご期待。

さて、それでは行ってきます。



posted by Yoshiki at 13:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

壮行会

台湾から帰り、その日のうちに打ち合わせというなんだか時間に追われるスケジュールが
再び始まっています。

先日は飯島町でのアウトドア事業PRの為の撮影が急遽決まり、それこそない時間の中で最高のタイミングの日程
をやりくりし、その中で飯島町ゆるキャラの「いいちゃん」をタンデムで飛ばすという準備期間なしの強行撮影を断行。

トラブル多い中でも予定をこなし、その後はまた打ち合わせ。
そして急な東京行きと相変わらず嵐のような日々。

ブラジル出発まであと二日。
でも帰国日の夜には打ち合わせが入り、その翌日にはイベント。
さらに翌日には大事なプレゼンとまぁ、てんこ盛り。
というわけで、いろいろ任せちゃってる皆さん。よろしくお願いします!!

ブラジルは大会に専念するよう、準備をしっかりしていきます。
もう大会中は、それに専念です。
なぜなら2016年の世界一をかけた戦いだから。

そんな戦いを前に、「南信州アクティビティプロジェクト」さんが主催で壮行会を飯島町で行っていただきました。

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大会に行く前に壮行会、以前にもされたことがありましたが、嬉しいのですが、少し気恥ずかしくなってしまいます。
いろいろな方から応援を頂いたり、祝辞を頂いたり。

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色紙までいただいて

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結果を出してこようと今一度気を引き締めさせられました。
思えば、事故以来、本当に多くの方が私を応援してくれて、ここまで復活してこれました。
これに報いていくには、やはり結果です。

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地元のテレビや新聞なんかの取材まで受けてしまいました。
気の利いたことが言えればいいのですが・・・。

皆さん応援ありがとうございます。
そして頑張ってきます!
posted by Yoshiki at 01:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

台湾 アジアリーグ 第一選

アジアリーグというアジア主体のリーグというものはそもそもパラグライダーではなかった。
基本的に2年に一度行われるアジア選手権がアジア統一の大会ではあるが、ここ数年行われていない。

そういうこともあり、今世界に出ていけているアジア人パイロットと、そうでないアジア人パイロットのレベル格差は
大きくなっているといえる。

アジアでパラグライダーの強豪国といえば日本と韓国になる。
しかし近年韓国内では協会同士の問題で多くの優秀なパイロットが海外大会に参加できていない。
(これに関して言えば日本も同じような問題を抱えているけれど・・・。)

はっきり言って選手たちは上を目指していきたいし、より盛り上げるためにも競技だけでも統一してほしいと思う。

また、協会自体がしっかり機能していない為に国際大会に参加できない国も多くある。
マレーシアや、インドネシアといった国々。
多くはないけれど、パイロットもいて、大会に参加したいと思っている。

今回、台湾で行われたアジアリーグとはACPA(Asia Continental Paragliding Association)という生まれたばかりの
アジア統一協会が行った初めての大会だった。


正直、ブラジルに向けて試合に向けて飛んでいくモードに自分を切り替えるというくらいのつもりで試合は臨んでいくつもりだったのです。
・・・・・しかし、大会に到着すると久しぶりに会う台湾のパイロットたちから色々と歓迎されるところから始まった。

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怪我をしたクリスとも再会でき。

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数年ぶりのサイチャエリア。

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この時期が条件がいいこのエリアは、毎年日本人パイロットたちが多く訪れる場所でもあり、
今回も沢山の日本のパイロットたちが来ていました。

大会にも楽しい面々が

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今回の大会でメインのオーガナイザーはGINグライダーのオーナーでもあるGinさんと

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ワールドカップ委員会の一人であったニッキー。そして現地のスティーブン。

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ふむふむ。
この時には、まだ自分がどれだけドタバタした大会を送ることになるかを予想していなかったのです。

ドタバタすることになるのは、受付が終わり、大会説明が終わってT.O.(離陸場)上がってそれが判明しました。
飛ぶための準備をしていると、呼び出しがかかり、まず、大会のタスクコミッティ(競技内容を決める人)をやってね。
とかるーく言われたところから始まりました。

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タスクコミッティは競技がどうなるか気象を見て、選手レベルをみて、エリアを見て決めていく・・・・。
私にはエリアの情報が少ないのに・・・・。
同じくタスクコミッティになったのが韓国のハチ選手。X-ALPSのアスリートです。
久々の再開に喜んでいるのも束の間、もう大会のタスクの話し合いです。

そうやって始まった大会。
練習日も含めた4日間、天候に恵まれ、毎日毎日飛べました。

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そして、大会中、ACPAの話をしっかりすることになり、
そのやり取り&大会&コミッティ&年越しというまぁドタバタした台湾遠征になったのでした。

結果は残念なものでしたが、ほかの選手たちをしっかり引っ張りながら、いくつかの試すことを試せていたので、
まぁ、今回はよしとします。
というのも今回の大会、国際ランキング等にまだ絡まないので、そういう意味で試験的なトライをすることができたのです。
ただ、まだ、怪我の影響は出ているなと思うところも正直なところでしたが。

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今回は日本人女性の木村さんが、海外初参戦で女子優勝!そして総合ではベテラン青木選手が2位になるなど、
日本陣の活躍もさる事ながら、若手10代パイロットの出現も目立ちました

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中央は韓国では有名なパイロットのWonさん。なんと今回優勝!
そしてその両脇は彼の息子。
今回も、競技機で参戦。フライトは父譲りだけれども、まだまだ荒い飛び。
しかし、活きがよくて上位に食い込んできていました。

収穫多き台湾でした。

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posted by Yoshiki at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

新年は台湾で

あけましておめでとうございます。
2017年になりました!
うわぁ、もう年が明けてしまったのですね。

そんな「もう、もう」っていつも時の流れが早く感じているような書き方していますが、
実際に自分が進むよりも早く時間が進んでいる感覚です。

そして今年は酉年。

「とり」とは言っても酉は鶏のことを指すようですが、羽をもったものならば仲間なのです。
今年は鳥人にとってもいい年になるはずです。

年末年始は、今年台湾で過ごしました。
理由は、「そこに大会があったから」
いや、まぁ目的は大会の中でグライダーを乗ってブラジル前にしっかり大会モードにしていきたかった。
ということと、新設される「アジアリーグ」とは何ぞや?という話をしに行ったのでした。

今回、ACPAという新しいアジア全体のパラグライダーの協会が発足したのですが、
まだ、情報不足。日本ではほとんど誰も知らない状態。
発起人はGINグライダーのGINさんという方とニッキーというイギリス人女性。彼女は数年前まで
パラグライダーワールドカップ委員会にいて、今はインドネシアを中心に活動しています。
ACPAに関しては、次回に詳しく書くとして。(新年早々から難しい内容は・・・)

ということで、とにかく久しぶりの台湾旅行。
しかし、出発前日は東京で納会からの車で関空。
現地でも大会しながら年越しパーティー、ACPAの話し合い、しかも大会コミッティー(大会の競技内容を決める人)
に指名されていて、はっきり言って全くのんびりしていない年末年始。

あぁ、今年はこんな風に一年がドタバタと過ぎていきそうな予感・・・・・。

久々に行った台湾でしたが、多くの友人に迎えられ

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再会し

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また、次世代のアジアパイロットたちと出会い

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しっかり4日間飛べた日々でした

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今回、大会自体はリラックスして楽しむことができたものの、
成績はいまいち・・・・。
ただ、他の日本人たちは素晴らしい成績!!

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あれ?俺の立場は・・・・。
いいんです。今回は、しっかり大会内でも起爆剤としての役割は果たせたわけですし、成績は出なかったものの、
ブラジル前に試しておきたいことはすべてやってこれたので。

大会の内容も次の回!!

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さて、新年早々、一つ新しいことを始めました。
長野開発システム様のサポートでH.P.を開設していくことになりました。
デザインは、パラグライダーをやっている矢野さん。


大会の説明や、動画なんかもこれから工夫していこうと思っています。

皆様今年もよろしくお願いいたします!!

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posted by Yoshiki at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

台湾でのフライト

時差というものを忘れていた私でしたが、迎えにきたスティーブンにちゃんと捕獲され、
その後迎えのバスに乗り換え、現地へ。

ここで日本からの参加者にも会えました。

あーだめだ、時間がないので飛んでいた様子だけ。


台湾の空を360度カメラで見てみてください


今回は前回レユニオンや、日本選手権の時とは違って、
ハーネスに固定して取っているので、画角が違って面白い。
また、揺れも少ないですね。

最終的にはこれらは編集してVRで見れるようにしていく予定です。

この日の様子はまとめてまた。
では大会初日。
行ってきます
posted by Yoshiki at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月30日

アジアリーグ!台湾

あーそうだ。
台湾ってこんな空だった。

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と思い出す朝です。
今は台湾の高雄というとこに来ています。

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今回の目的は、年末年始と年越しで行われるアジアリーグ戦の初めての大会への参加です。
ここで、今回のリーグの主旨や目的、これからの発展に関して話をすることにあります。

ついでに私は続くブラジルの大会に向け少しでも多く飛びたい!と思っているのですが。

ここには今回関西国際空港からスクートというLCCできました。事前に6000円の追加料金を払っておくと、35kgまで荷物が預けられるので、パラも手荷物も預けられて楽チン。

それはよかったのですが、チケットは関空からしかとれず、前日はKEEN様の納会、それまではいろんな方にお会いしていろいろと来年以降の話をさせてもらっていたので、関空へは納会のあとフラフラしながら東京から大阪へ運転し、途中でバテてたりしました。

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来年に向けての準備は着々と!

ということで今日から台湾フライト。
試合は明日からです!
posted by Yoshiki at 07:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月24日

友人になれるはずだった人

1年。特に今年の1年は激しく、早いものでした。
1年もかかってしまいました。
彼に会いに来るのに。

私は、彼と会話をしたり、助言を請うたりした。
友人になるにはもう少し言葉を交わす時間が必要だった。

彼は1年前、35歳でこの世を去った。
私はそれをテレビのニュースで知った。

ショックを受けた。彼は私にも影響を与えていたが、
それよりもはるかに多くの人たちに大きな影響を与えていたことに驚いた。

モトクロスの事故で下半身が不自由になったあとも、彼はその体でプロ復帰を目指して
バイクに乗り続け、練習を続けていた。
そんな彼は多くの人に勇気を与えていたし、同じような障害を負った人の希望のような存在でもあった。

そんな彼がいなくなった。
私は、その後、彼の葬式に出ることなくメキシコの試合に行った。
そして、帰国後、私も死の間際を覗くことになった。

私は生きていた。

死というものが思ったよりも近いところにあると否が応にも感じることになった。
私はそのことで、生きるということを強く考えさせられた。

そして、なんでもがむしゃらにやっていこうと思うに至った。
「人生は思ったよりも短い」

そんなことを思っての一年だった。
そして昨日、彼の墓をようやく訪れることができた。

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彼の墓はわかりやすかった。
なぜなら墓石の前にはRedBullや、Monsterといったエナジードリンクに、長さがあっていない
添えられてまもなく花が不器用に添えられていたから。

彼は死しても多くの友人に影響を与え続けている。
それを改めて感じた。

一方的に会話をさせてもらった。
私はこれからも進んでいく。
それもがむしゃらに行こうと思う。

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戸田君。
もっと話をしてみたかったよ。




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posted by Yoshiki at 08:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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