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2015年10月27日

体メンテナンス

ようやく日本に帰ってきた。
2か月のヨーロッパよりも今回のパキスタンの方が長く感じたのはなぜ??

とにかく、体を動かしたかったけれど、ホテルからでて走ることができず、
しかも移動が長かった。
全体的に体をメンテしてもらうために、いつもお世話になっている「調布からだメンテ整体院」

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あー、先生お茶目すぎる・・・・。

ここはバキ!!とかボキボキ!!ってのはやらない。
しかも寝てるだけですべてをマッサージしてくれるわけではない。
でも、体の動きを見ながら、診断しながら「調整」してくれる。
ここに行った後は、温泉に入った後のようにだるーくなって、一晩寝るとすっきり調子が出るのです。

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今回もばっちりお世話になりました。
体の芯がここにきて意識できるようになって、体のパフォーマンスが上がってきた気がしてます。
もっと通いたいんだけどなぁ。

気になる方はおためしあれ〜
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2015年10月26日

パキスタン首都イスラマバード

一つの国を語る時、一つの場所を見ただけで話をしてはいけないとつくづく感じたのは最終日のこと。
仕事は順調なくらい順調で、3日で予定していた説明会は2日で終了。
最終日は今回現地でお世話になった商社さんを訪問する為に首都であるイスラマバードへ行くことに。

ネットで見ると、ファイサラバードは全く出てこない情報も、イスラマバードだとちらほら観光地の情報が
出ていたりする。
パキスタンの人たちは誰もが、イスラマバードは美しい都市だという。

ごちゃごちゃしたファイサラバード、カオスの場所であった。
でも見てるだけで楽しい街だった。

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一人で出歩く気にはならなかったけど・・・・・。

少し観光客気分で最終日朝を迎え、ランドクルーザーでファイサラバードからイスラマバードへ。
距離は約300km。4時間の旅路。

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ファイサラバードを出るときにはトラックステーションに並ぶ素敵すぎるデコトラを良く見かける。
この非効率極まりない素晴らしきセンス。


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ひたすら続くまっすぐな道。
両隣りに広がるのは広大な農地と放置された荒れ地。
とはいっても水は豊富なようで、様々な農作物を栽培しているらしい。
サトウキビ、マンゴー、米、オレンジ。そういったものが広く作られているのだということ。

順調な旅路も順調過ぎて景色も広大で退屈になってきたころ、急こう配の山道に差し掛かる。
結構な坂道。
そしてただでさえ過積載の上ボロボロのトラックたちは、牛歩なみの速度で上がっている。
道端には途中で止まってしまったのか休憩してしまっているのかトラックが沢山停車している。
中には、明らかにエンジンをバラしているものも・・・・・。
サバイバルじゃ。

TOYOTAブランドは当然そんな坂で壊れることもなく、イスラマバードへ到着。
そこは40年前に首都を移転させてきた広大な計画都市。
道は碁盤状に整備され、ブロックごとに分かれたセクションに、路線バスは専用の道を通している。
この国に来て初めて見たビルは東京でも見るようなガラス張りのビル。

ここではファイサラバードでみたような交通カオスはなく、信号と立体交差の道。
ごちゃごちゃしたまちなみでなく、ブロック分けされた建物。

うーーーーん、こぎれいな都市。
あーー。正直あんまりおもしろくない・・・・。

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お土産を買いに行きたいと言ったらショッピングビルに連れて行かれたが、
こういうのじゃないんだよなぁ。行きたいのは。

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女性物の服は基本イスラム教の服を基本としているものばかり。
イスラマバードは女性も西洋化していて、顔までしっかり隠している人は少なく、
ファッションもイスラムの服を基本としているものの、オシャレでした。

夜は商社社長に連れて行かれ、イスラマバードを一望できる山の上のレストランへ。

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ガードマンが最新の機関銃を持ち警護にあたっているのを見かけた以外は、普通の高級料理レストラン
といった雰囲気。
イスラム教はお酒を飲まないので、飲み物はジュースと水でスタートし、少しスパイシーな鳥肉中心の
料理はおいしいものでした。

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そこから見下ろすイスラマバードは、整然と光が並んだ綺麗な町でした。

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ま、クオリティーはところどころ低いものがあるのだけど

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どらえもん?????

パキスタン第一の都市と第三の都市。
ここまで大きな差が広がるのも驚きましたが、貧富の格差も大きく、
貧困のそうもあれば、日本人なんかよりも全然裕福な人も多く、
色々と考えさせられることの合ったパキスタン。

ちなみにこの国でも一部パラグライダーをやっているという情報はしっかり入れ、
ただ、ここにパラグライダーをしに来ることはないだろうと思いながら日本へ帰国の路についたのでした。

posted by Yoshiki at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月20日

ファイサラバードというところ

パキスタン第3の都市であるファイサラバード。
人口は260万人。

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そんな都市なのに信号が数えるしかなくて、基本移動はバイクか3輪タクシーか、
車か馬車か。
一晩空けてから、朝からお仕事。
でもこの交通になれることはできないような気がする。

そういえばここでは、車のほぼ100%が日本車。
中でも、トヨタとホンダの人気は非常に高い。

だからといって古い車ばかりではない。
一つ前のプリウスなんかが普通に走っていたりする。


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さて、今回はほとんどホテルと仕事場の往復のみ、しかも専属車に連れられていくわけで、
さすがに今回抜け出そうという気にもならないのですが、そんな私から見たパキスタンは下記のよう。

・安全基準って概念がそもそもない。:町を走る車自体もいつ壊れても、というか壊れているものも走っている
・電気が突然落ちるのは当たり前。:どうやら電力が足りていないということらしい(ファイサラバードは工業地なのに・・・・。)
 昨日もプレゼン中に電気がおちてほぼ真っ暗になっても、誰も全く何も動じずそのまま続くし、ホテルでも突然
 電気が落ちた後は夜中でもでかい自家発電が動き出すからうるさい。

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・仕事のペースがよくわからん。:朝は割かし早くから仕事をするのに、わけもなくただボーっと待つ時間がやたらあったり。
 さっさと仕事やって終わりにしたいのにできなかったりする・・・。
・非常にはっきりした格差社会:町のいたるところ、そして仕事をしていても、格差をミックスしている。
 スラムのようなとこの隣が高級服店だったり、車においてもボロから割かし新型の日本車だったり。
 格差が当然のようになっているのは、日本では昔に聞いた話だな。と思った。
・結婚について:今回仕事先の青年と話をしていてびっくりしたのは、法律的に一夫多妻制(ただし上限4名まで)
 そして、結婚相手はイスラム教なので女性の素顔をなかなか見ることがないのにどうするかと思ったら、
 基本的に母親と女兄弟が見定めて決めて来るんだとか・・・・・・。
 うーむ。これはわからない価値観だ・・・・・。
・労働は男子、女性は家に。:どんな汚いしごとも、小さな仕事も、男は小さな子でも大人でも仕事をしている。
 というか日中、町で見かけるのはほとんど男性。女性は家にいるものだというのが常識らしい・・・・。

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車の装飾もなんだかこだわりがあるらしく・・・・・。

ファイサラバードでは基本的に外国人は来ないらしく、車で外を見ているだけなのに
やたら視線を感じます。

うーん、面白い、パキスタン。

明日が最終日。
明後日に帰国です。

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posted by Yoshiki at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月19日

初めての国、パキスタンへの旅路

働いていないと思われていることがありますが、私は一応パラリーマンです。
現在2足の草鞋を履いているわけです。

で、何故か会社ではこのテキトーな英語力によって、海外案件を仕事に持ち、
今回縁もゆかりもないパキスタンへ行くことになったのです。

海外に行くことには全く抵抗がない私ですが、パキスタン。うーん、どこ?
から始まるわけですが。

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世間を騒がせているアフガニスタンの隣国です。
ちなみに外務省のページでは綺麗なオレンジと赤で彩られております。

さて、今回のパキスタンレポートには、パラグライダーは出てきません。
あしからず。

参考になるかはわかりませんが、もしパキスタンに行こうというのであれば、今回の航路は
成田→ドバイ(アラブ首長国連邦)→カラチ(パキスタン)→ファイサラバードという経路できています。
いや、ファイサラバードに観光には間違っても来ないと思うけど・・・・・。

今回フライトは取引先から準備されているので、いつもスターアライアンスのフライトを使うのですが、
スカイチームのエミレーツ、そしてパキスタン航空を乗り継ぎ。
成田でも第2ターミナルを使うので、最初からなんだかいつもと違う勝手です。

22時発のドバイ行きににのり、11時間の飛行を終えてドバイ、そこで4時間待ってカラチへの乗り継ぎ。
それにしても、空港も飛行機も、暑い国の人はこれでもかとクーラーをけかまくります。
少し厚めのジャケットをもってきて正解。
あれでは飛行機で風邪をひいてしまう。

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結局最終空港まで上着を脱ぐことのなかった私ですが、アラブ、パキスタンは、この時期でも日中は30度を
越える暑さだそうです。それはこれから感じていくんだろうけれど・・・・。

長い旅路でようやくパキスタンのカラチにある国際空港に到着。
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現地表示もアラビック文字になってきて、いよいよ雰囲気が出てきます。
セキュリティーがあるんだかないんだかわからない空港で一人の韓国人に出会いました。

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金さん。彼も同じく仕事でパキスタンにこれから2ヶ月入るそうで、カラチでのフライトの待ち時間、
仕事の話(彼は発電施設の仕事をしているらしい)など、とにかくいろいろと話をしました。
でも、パキスタンでは、施設からあまり出ることはなさそうだと、残念そうな感じ。
私と同じく、治安に不安を持っているのです。

空港で我々が話をしていると、隣に座ったパキスタン人も話しに加わり、宗教の話へ。
彼は熱心なイスラム教徒。
98%がイスラム教徒のパキスタン。私は彼らの宗教観を実際に始めてちゃんと聞いたので、
内容は非常に興味深いものでした。共感しうる部分としえない部分があるなと思ったわけです。
それよりも、彼が熱心に話し始めれば話し始めるほど、時差ぼけには心地よい睡眠への誘惑に
なっていたけれど・・・・・。

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そして金さんとは別れて最後のフライト。
ファイサラバードへの飛行機に乗り換え。

カラチからは2時間ほど。
ちなみに首都イスラマバードからは300kmほど離れた工業都市です。


飛行機から見える景色は茶色一色。
乾いた大地が永遠と広かっています。
でも、その地形をみながら、あ、この尾根を伝っていくと100kmは楽勝にとべるな。
とか、あ、こんな地形でとんだらどういう風に飛ぶんだ?とか考えていた自分がいたわけです。

さて、空港についてまずはトイレへ

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おーーー、トイレットペーパーの変わりに壷・・・・・・。
さぁ、パキスタン入り。


現地でのガイドの2人に合流して車でホテルに向かいますが。
日本で彼らにセキュリティーは大丈夫かと聞いたところ、
「トヨタのランクルで迎えに行くから問題ない」
という答えが返ってきていたことを思い出した。
いや、車種は聞いてないし。とか思ったのだが。

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ちゃんと黒光りするランクルで迎えてくれた彼ら。
しかし、このランクルがこの地ではとんでもない高級車だったことが10分後にわかったのである。

ホテルまでは空港から通常30分の距離だというが・・・・・
空港から人が増えてきたと思ったとたんに渋滞。

そしてこの交通はカオスである。
以前、中国に行ったとき、交通に関して無法地帯だと思っていたのだが、
ここでの交通に比べればあそこはまだ非常に秩序があったのだと思わざるを得ない。

まず、同じ車道に、トラック、バス、乗用車まではとうぜんとして、
三輪タクシー、バイクがその隙間という隙間を縫っていく。だけでなく、
ロバの馬車、自転車もが、その中を車線関係なく走り、
しかも交差点には信号がないから、曲がりたい通行者たちは、隙間があれば車道に割り込むので、
いたるところで渋滞が起きている。
秩序はここになく、テクニックと度胸と慣れで運転しているとしか思えない。

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当然トラックやら馬車やらはこれでもかという荷物を載せて、バイクは私が見た最大乗員は5人だった。
ということで、空港からホテルまでは1時間半を要したのだが、見るものに飽きない旅路。

ようやくホテルにたどり着いて遅い夕飯

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日中、ランニングするのに外に出るのは大丈夫かと聞くと、さすがに外には出るなという。
この日はすでに時差ぼけ気味.

食事をしてベッドで横になると、いつの間にか寝てしまっていたのである。
posted by Yoshiki at 10:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月15日

日本選手権 最終日

初日の内容を書いただけで、もう日本選手権は最終日の話。
かろうじて2日目は飛べたものの、飛んだだけ。

しかも、T.O.の時に、グライダーが杭か何かに引っ掛かり、15cm程裂けてしまった。
そのまま飛んではいたものの、自分のグライダーを裂いたことは初めてだったので
ショック。
大切にしている愛機だけに、ショックは大きい。
しかも、応急用のシートは、カラフルなものしかなく、仕方なく紫色を使用。
うーん、目立ってしまう・・・・・。

とにかく、この日は一番飛べた人でも6km。
全く試合にならないコンディション。
トップは0点、私も0点

そして3日目は雨・・・・・・・。

ということで最終日。
思ったよりもコンディションは良くなってきた朝。
おおーー、青空!!

もちろん朝はハイク&フライからスタート。
なんだか思ったよりも気温減率もよさそうだ。
ウェザーニュースの内藤さんの予報もよさそう。

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組まれたタスクは蛇行しながら北へ80kmのビッグタスク。
・・・・、うーーーん、これはレースじゃなくて生き残りゲームだなぁ。
少しレース内容は残念だけれど、まぁ、コンディションに合わせて最大に飛ばそう
というタスクコミッティーの考えには感謝。

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ということで選手たちも飛べるコンディションに意気揚々!
GPSにポイントを打ち込む!!

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張り切って離陸は一番。Jostは2番。
離陸時間直前にコンディションは下がってきたようだが、飛んでいるグライダーは北へ流しながら
なんとか弱いサーマルにいる。
これをつかめれば問題ない。

スタートと同時に飛び出して、そのサーマルに迷いなく突っ込み上昇。
Jostも一緒のサーマルに入る!
そのあとのグライダーはその下の弱いサーマルに入ってしまい、上昇が厳しいように見える。
そのまま北側にある尾根の南斜面へ。
ここからは雲まで一気に上昇。

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しばらくはJost とともに雲際で遊ぶ。

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さて、スタート前にJost と数機のグループは沖のサーマルで待機することを選び、
私は高い雲の吸い込みのある山側に待機。

スタートに距離があった我々はトップグループにスタートから大きく遅れることになったが、
まぁ、今日は慌てても追いつける。
そういう確信があった。

八郷エリアからの離脱は燕山の上空1200m。
離脱直前に雲に入ってしまい、悔しいが、雲から離脱後その分の高度をスパイラルで下す。

前方に進むトップのコース取りを見ながら、確実にまずは高嶺山手前で上昇でできた雲まできっちり上げ直して
先に進む。
前に行くグライダーたちもスピードは速くないものの、テンポ良くサーマルに乗り継いでいくので、なかなか追いつけない。
風は思いのほか西成分が入っているので、コース取りは西側のコースを選んで飛ぶ。

茂木サーキットを眼下に見ながら、「あ、昨日はここでモトGPの決勝してたんだなぁ」とか考えながら、サーマルを探す。
先に進む集団は東のコースにシフトしながら先に進む。

私はここで西側に続く雲の列に続くことを選ぶ。
このまま後ろをついていっても追いつけないし、東は遠回りになると考えたから。

その予想は当たって、しっかりとしたサーマルをとらえることに成功。
よっしゃと思っていたら、その上を先に進む1機のグライダー。
「Jostだ・・・・・。」
全く知らなかった。
どこのコースを飛んできたんだこいつは・・・・・。

ということで、ここからはJostを追う形で先に進む。
そうしているうちに先行していた集団と合流。

メンバーは、廣川、成山、多賀の3名。
この時間になると、もうサーマルは弱い。
ゴールまでは20km程。

どこかで一度ガツーンと高度を稼ぎたいけれど残念ながらそれは期待できなさそう・・・・。
なんとか弱いサーマルを乗り継ぎながら10kmを切った最後のターンポイント。

ここで入ったサーマルが上がりもせず下がりもしないサーマル。
しかし、Jostは少し高い位置から入って高度を上げ、一人先行。
我々の場高度では進めない・・・・・。

先に行くJostの動きをみつつ、上がりも下がりもしない状況にしびれを切らしつつあった。
Jostは最後のサーマルをつかんだ様子。そしてゴールへ向け見えなくなる。

くそ、行かれた・・・。
しかし、ここでこのままではじり貧だ。
わずかな可能性をかけ、私は先に進む。
共に進むのは少し高さのある成山選手。

しかし、私に勝利の女神はほほ笑まず、残り4kmというところであえなくランディング。
成山選手もあとわずかというところでゴールならず。

それを見ていた廣川、多賀は同じサーマルで粘り続け、後からきた和歌山、中川が追いついてきた。
彼らは同じ場所に1時間近く粘り続け、ようやく上昇したサーマルでゴールへと向かった。

結局、この日は2位と30分もの差をつけJostが1位。
そして続く4機がゴールへとなだれ込んだ。

30分は大きい。
初日にイマイチだったJostはこの日の点数で一気に順位をまくり、
なんと今大会を優勝してしまった。

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女子は安定して強い平木選手が優勝。

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そしてスポーツクラスの女子は、同じFieldチームの高橋選手が優勝。

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日本選手権の優勝は29年目にして手に入したという和歌山選手となった。
ちなみに私は5位と、残念な結果。

大会スタッフの皆様。お疲れさまでした。
そしてありがとうございました。

さて、今年、残りの参加試合は1戦。
狙うは今年の総合優勝。
posted by Yoshiki at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月14日

日本選手権 1日目

現地入りしたのは前日の夜。
今回一緒のJostは、日本が初めてなので、必ず助手席に乗り込もうとして運転席を空けてしまう
お決まりのボケを毎回し続け、首都高と東京の景色に「Wow」といちいち見とれているので、
見ているこっちも面白い。

今回の開催は、茨城。いわばホームエリア。
大会でここを飛ぶのは久しぶりなので、レースができることは単純に嬉しかった。
さぁ、いざ日本選手権!!

大会4日間のうち、天気予報は初日と最終日が飛べる確率が大きく、
3日目は雨、2日目は微妙な天気。
結果この予報は当たっていたのだが、とにかく初日はしっかり押さえておかないといけない。

すがすがしい初日の朝は、まずハイク&フライで山を登る。
さすがに7:00の段階ではまだサーマルはなく、八郷地区はうっすらと膜のような空気の層が
張っている。

フムフム。

とりあえず風は微フォロー(後ろからの風)でT.O.。朝から西が入り始めているということは、予報通り
南西の風が入りそう。ということはスタートは遅くなるか??

受付を済ませてT.O.へ。
その時には既に西風がしっかりとT.O.に入っていた。

ちなみにJostは飛べるというだけでなんだかテンション高い!!
いや、私だって、飛べることに関してはテンション高いっす!

この日風は変わらず、結局、T.O.は西向きの幅のないT.O.を使用することが決まった。
風は強めで、このT.O.。これはきっと荒れるな。
なのでいつもよりも更に早く出ることを決める。

タスクは海へ向かって52km。
距離は大したことがないが、問題はいつまでコンディションが続くか・・・・・。

混乱するテイクオフを予想して3番手にて離陸。
サーマルがあまり活発でなく、強い風が山にあたる場所から剥離していく上昇を掴み掴み
まずは山の上。
そしてそこから旋回して高度を稼ぐ。

ある程度の高度になると、弱いながらも確実な上昇。
ただ、当然高い高度になれば風は抜けているので、山の風下に流される。
スタートするまでは1時間。
長い待機に風上のサーマルを求めて山沿いを北へ南へリサーチ。

どうやら狭いT.O.に加え、風は強め。
T.O.からはグライダーがでてくるものの、随分時間がかかっている様子。

更にスタート時間が近付くにつれ、薄雲が高い空にかかり、サーマル活動が弱くなる。
うーん、時間になって同時にスタートできたのは10機程。

風上から後は風下に。

山の斜面から起こるサーマルは既に力が弱いので、乱流を覚悟でその裏に入る。
荒れ荒れながらも力のあるサーマルに乗って1,200m。
そこで私は4番手ほど。
先には成山、和歌山、中川、青木が先行。
私はそれを見る形で後を追う。

2つ目、3つ目のターンポイントは裏の山沿いに南北に離れているので、そこは無難にこなして
高さをキープしていく。

今日は、いかに高度をキープしていくか。

3つ目のターンポイントの後、地元選手の中川選手が一人高さを取ることに成功して先行。
私はそのあと2番目に平野部へ飛び出た。

ここからは山から離れて平野を飛ぶ。
目指すは熱源になる街の端っこ。

風の流れ、煙の流れを見ながら、町の上空のどの部分に飛んでいくかを決めながら
まっすぐグライド(滑空)。

サーマルは弱いので、サーマルがあったら、丁寧に拾う。
常磐高速道路まで辿りつく。
ここはインターチェンジ。
面白いことに、南にある畑と北にある畑、どちらからも上昇してきている何かを焼いている煙は
両方ともインターチェンジに向かっている。

もちろん、それは上昇気流のしるし。
そこに向かって突っ込む。

そして狙い通りのサーマルを捕まえる。
この時、私は高速道路よりも海側飛んではいけないという過去にあった空域制限を
勝手に思い込んでおり、サーマルのぎりぎりを高速道路を越えないようにしていたのだが、
他のグライダーは構わず更に東側に行きながらサーマルをがっつり掴んでいく。

実はその空域制限は変更されていたのだが、それをチェックしていなかった私は
過去の空域制限を勝手に思い込んでいたのだった。

特にここでは成山選手が一人抜け出て高度を稼ぎ、ゴール方面へ。
同じく同じグループにいた選手が次々に先に進む。

私も十分な高度ではなかったが、この時点でサーマルがあるということで先の街を目指す。
しかし、ここでいった選手が全員ミスをした。
この先は驚くほどサーマル活動がなかったのである。

よって、高度が低かった順に次々にランディング。
私もゴール手前5km地点でランディングすることになった。

この日は結局ゴール者は出なかったが、最後のサーマル地点でひたすら高度を稼いだ
酒井選手が距離を伸ばし、ゴール手前100m程の所にランディング。
ゴールこそできなかったものの、トップとなった。




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日本選手権 序章

日本で一番大きな試合が昨日終わりました。
       「日本選手権」
年に1度、その年のナンバーワンを決める大会。
今回の舞台は茨城県のつくばエリア。
いうならばホームである。

今回は、NAVITER社のJostをスロベニアからこの時期に合わせて
来日を決めてもらい、仕事に絡めて日本選手権に出てもらうことにした。
彼はスロベニアの代表選手で、ワールドカップを共に闘っている友達。

彼と共にいざ茨城へ。
大会は4日間。
さて、結果はどうだったのか。
一日ごとにその内容を追ってみる

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posted by Yoshiki at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月05日

東京オリンピックへのお金の使い方

先日、ハンドボールをやっていた選手の方達と話をしていた時、日本女子はアジアでいつも2位で、
いつも1位は韓国で、その韓国はいつも世界の大会でメダルを取ってくるのだ、
そしてその韓国にはいつも僅差で負けている。という話であった。
さて、その差は何なのかと話をしていた時に、「国のサポート力が段違いに違う」ということを行っていた。

韓国は一定の競技に、非常に力を入れていて、とことん国でサポートする一面がある。
以前、パラグライダーのフランスやスイスの国の取り組みなんかをブログでも紹介したのだが、
国によってスポーツに対して様々なサポートをしている。
理由は

「世界に向けて活躍する選手は国の国益になるから」

だということ。
少し話が違うかもしれないが、今話題のラグビーなど、実業団を持つ工場などは、
自分のところのチームが勝つと翌日には工場の稼働率が上がるという統計もあるんだとか。

しかし、日本は残念ながらスポーツに対して(特にマイナースポーツに関して)本当に
サポートが少ない。オリンピックの時に勝康来る選手がいて、時の人になるときだけ
政治家もその人を意識するようなことをいっていたりするが、はっきりいって実際には
オリンピックでメダルを取った選手でさえ、その後生活がままならない人がいたり、
世界に対して通用するだけの実力があるのに、資金的な問題であきらめたりする選手は数多い。

7年後のオリンピックに向け、新競技場の建設、エンブレム、そういったものを新設したり作るのは
大いに結構だと思う。それに関してお金が回り、経済が回るのもあるんだろう。
でも、私が思うに、そこまで突飛なデザインが必要なのか?
日本の良さは建築だけなのか?それよりも、その金額を最低限に抑え、その分の金額を、
オリンピック競技の選手たちにむけての例えば強化選手援助や、選手を育て上げる金額に当てられないものか?
あの競技場にかかる金額の10分の1でもそういったお金にあてられればオリンピックのときには
日本にメダルをもたらす選手たちが増えるのではないだろうか?
そして、それは日本の国を世界にアピールできる「国益」にはならないのだろうか?

残念ながら、そのお金はオリンピック競技にならないパラグライダーには回ってこないけど・・・・・。

最近のオリンピック騒動を見ていると、オリンピックとは何ぞや?と疑問に思ってしまうのであります。
posted by Yoshiki at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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