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2019年02月17日

競技に関して新しいルール

今日はパラグライダー競技を行っている人には興味深い話。
競技を知らない人には「???」な内容です。

先日2月2〜3日にスイスのローザンヌでFAI(世界航空連盟)CIVILの会議が行われていました。
CIVILってのは簡単に言うとパラグライダーやハンググライダーの世界ランキングをつけていたり、
世界記録やランキングが加味される世界基準の大会のルールや方針を決めたりしています。

世界ランキングというのはCIVILが決めている「カテゴリー」という枠に準拠する大会での
成績が反映されてpointが付き、そのポイントの3つの良いpointを合計したpointに応じて
ランキングが付きます。カテゴリーには「カテゴリー1」と「カテゴリー2」の大会があり、
カテゴリー1のポイントの方が大きく付きます。ちなみに「カテゴリー1」に該当する大会は
「世界選手権」、「ヨーロッパ選手権」、「アジア・オセアニア選手権」になります。
ですが、アジア選手権は2012年から行われていません・・・・
また、ワールドカップは「カテゴリー2」になります。
日本の大会では、「日本選手権」とカテゴリー申請をした競技大会になります。
※ちなみに昨年のアジア競技大会は独自ルールすぎてCIVILに認可されませんでした

ここ最近、アジア諸国がパラグライダーの活性化していて世界に出てくるアジア選手もポチポチと出てきています。

さてそんな中行われたこの会議、いくつかルール改正されたのですが・・・・・
その中のいくつか

10)ポルトガルからの提案
ルール上カテ2大会申請が30日前になってることで、当日の天候が悪く大会が成立しな
いことがある。それを避けようとして天候がはっきりしてから大会を開催すると、カテ2申
請をできないことになるが、このような大会もWPRSポイント計上できるようにしたい
という提案は、S7共通 12.2.3項(予備日)の文言「一つの予備日...」となって
いるところを「いくつかの予備日...」と変更することの提案に改めて提出され承認された。

まじか!!日本から行くパイロットがヨーロッパの大会に出る時、予備日も含めていかないと
いけないのですが、こうなると、予備日がいくつと決まっていない状態。もし予備日が7日
とかにされると、2週間の期間を大会のために取っていかないといけないことに・・・・。
しかも予備日を使わなかった場合、その日程は丸々大会は行われない・・・・。

11)ブラジルからの提案
記録を狙うあまりに、暗くなるまで飛ぶ危険性を避けるために、S7D 1.5.4項(達
成されなかったフライト)に、記録飛行は当該国のルールに従うか、日没までに終了するこ
となる文言を追加する。は承認された。

当該国のルールと来ました。世界記録が狙える国ブラジルとしてはこのルールはなかなか凄い・・・・・。
こんなことを思いたくはないけれど、「フライト中に公用語で定期的に連絡を取ること」とか
「地元空港近くを通るときには公用語にて許可を取ること」とか言われたら、ポルトガル語を覚えないと
いけない・・・・・

14)ブラジルからの提案
気象条件などが厳しい中、レースでタスクをスタートし、選手が1人でも飛んだ後に、エラ
プスに変更して何とかタスクを成立させられるような提案は、カテ2大会のみに可能なこ
ととし文言を修正し、大会開催のガイドラインに盛り込むことで承認された。

これは???というルール変更。悪条件を予測して先に出たパイロットは空中でルール変更を受けた場合、
余分に空中待機する(しかも悪条件の中よくなる可能性を待つ??)ことになり、もし気象条件が後半
一気によくなった場合、先に出たパイロットは馬鹿を見るルールなような気がしてならない

1)S7GAP 10項(PGでのリーディングポイントに関して)
2017年の総会で決定し、実際に使われたLPをそれまでのものの2倍とすることは、2
018年のヨーロッパ選手権で期待していない悪影響(ガーグルから誰も先に出たがらな
かったり、ESSを先頭に切った選手が実際のタスクランキングでトップ20にも入らな
かったりした)が出たので、これをもとに戻すこととする。

このLPというのはなかなか曲者。これがあるために集計が終わるまでは誰が勝ったのかわからない。
でもこれがあるおかげでレーススピードは上がってきていた。でも弊害として集団についていくこと
だけを狙うパイロットも増えてきていた。確かにそのポイントを2倍にするのは元の意味がなくなっていたし、
いいと思う。

4)スイスからの提案
PGにおけるジュニアクラスに関して、とりあえずWPRSランキングにジュニアクラス
(25歳以下)を設け、選手権者に関しては今後判断することで承認された。

日本ピンチ!!!!!!!
25歳以下の方!!今パラグライダーを始めれば世界クラスになれるチャンス!!

6)パラグライディング・ワールドカップ・アジアツアーに関しての説明がなされた。
このスポーツが発展してきているアジアにおいて、アジアパイロットがもっと容易にカテ
2大会にアクセス出来、レベルを上げ、WPRSランキングでも上位に入れるようにPWC
A、CIVL、FAIが協力してサポートをしていく。4月には中国の Jingmen 市におい
て、このコンセプトに賛同する国の代表に対するセミナーを行い、大会をいろいろな国で開
催支援をしてゆく。今年は7月に中国(内蒙古)、10月に韓国(Gochang)で開催するこ
とが決定している。

これは・・・・・・
今でも遠征費等々に苦しい我々からするとあまり嬉しくはないかも。
大会の数を増やしても選手の数が増えることにはならない。
逆に大会が多すぎて選手が分散してしまうのでは??
現状のワールドカップとどんなふうに協調性を持たせていくのだろう??
ランキングもどうなっていくのだ????

3)S7A 8.5.4項(PGでのバラストに関して)
これまでは、パイロットの空身の体重を測定し、それに対して33kgのバラストを積むこ
とが許されていた。また、但し書きで飛行重量95kgまでバラストを積むことが許されて
いた。しかしこのコントロールは大変難しく、不正が行われていたことと、PWCでバラス
トの制限を取り払って、上手くいっていることから、バラストに関する規制をなくし、ただ
単にグライダーの許可されている飛行重量に収まっているかどうかだけをチェックするこ
ととする。

これが最大のルール変更
結局大きな事故を迎えた10年ほど前の世界大会前のルールに戻るってことになった。
バラストルールの撤廃。
これは正直影響が大きい。これは今まで問題だった「大翼至上主義」に戻るだけだと思う。
選手たちは体格云々ではなくバラストを積んで大きな翼に乗ることになる。
翼は単純に大きなもののほうが性能がいい。最近は技術と設計でその差は小さくなっていたのに、
このルールだと無理して小さな翼を作っても意味がないから、メーカーは小さな機体は試験をパスする
為のグライダーを作り、基準の性能スペックはLサイズを基準に作る・・・・なんてことも起きていく。
そもそもこのルールって落ちた時にバラストがあると選手に対するダメージが大きすぎるから危険
ということでできたのでは???

今回のルール改正は大きな転回点になるんではないだろうか??

posted by Yoshiki at 16:45| Comment(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月16日

その後のチャレンジ

数日滞在していたデニリクインを離れることにしました。
我々ができることは空を飛ぶことだけです。

飛べる可能性を検討してDUBBOという町を中心に動くことになりました。

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最後に残ったメンツですが、聖子、シャルの2人は引き続き手続きや、諸々があり、
少しここに残り、メルボルンに移動して帰国の準備をすることになりました。

残ったパイロット3名は残りの日程も飛びきるということを決めたのです。
ガイドでありドライバーのフィルと相談しながら、彼の家のあるDubboへ拠点を移し、
そこからの記録を狙うのが天気的にはいいだろうということになり、そこから600qの移動

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姉ちゃんとはしばらくお別れです。
いろいろ話をしました。彼女が大変なのはこれからですが、なのに私の心配なんかしてくれる姉のような人です。
話した結果、私は飛ぶということで決めたのです。

オーストラリアでは、移動となると基本100q単位での移動。
かといって道が全部いいわけではなく、途中舗装のない道を数十キロ走ったり、
街から離れると次の街までは軽く200qあったりします。

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そして永遠のように続く大地。飽きてしまう景色ですが、油断するとカンガルーが飛び出してきます。
そうやって轢かれてしまったしまったカンガルーが道端にあちこち見られます。
悪い冗談なのか

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こんな看板のレストランがあったり・・・・・・

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突然アーティスティックな肥料棟に出くわしたりします。

そうして到着したDubbo
この3日間、フライトしていますが、コンディションがあまりよくない。
昨日は強風の中飛び出し、時速80q/hで飛ぶのに、突然サーマルにあたらなくなり、
あっという間に降りてしまい、今日は飛ぼうとしたら風がまるで違う方向から吹いてきて
しばらく待つものの、それでも飛べず、場所を変えてフライトしたものの、
全く調子が悪く、しかもグライダーを濡らしてしまうということがあり、空には雲が
あるのですが、もう気分的に悪い、こういう日はどんなに飛べそうでも飛びません。

パラグライダーは本当に精神的なスポーツだと感じます。

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ここでの日程はあと3日となりましたが、距離を延ばすコンディションにはもうなりそうもなく、
残り日程はほかの記録を狙うことにしました。

後3日間記録に挑戦した後20日にメルボルンへ移動、そして21,22日とレンタカーでフライトエリアに行き、
23日にオーストラリアから帰国します。
posted by Yoshiki at 17:35| Comment(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月13日

その日に起きたこと。

ここ数日、ブログを書いてはいませんでした。
書けなかった。
我々は大切な友人を、空から帰ることのない旅へ送り出さないといけなくなってしまいました。

このブログを書くことを彼の妻であり、パートナーであり、彼が最も応援していた
聖子ちゃんの許可を受けています。

今回のチャレンジには私とシャル・カゾ、福岡聖子ナヴィルとピエール・ナヴィル、そして数人のフランス人とオーストラリア人が
参加してスタートした。
シャルと聖子そして私は世界レコードを狙うためのチャレンジ。
そしてそれをサポートしつつ、自身も飛ぶピエールがいた。

私とピエールは聖子ちゃんという存在をなしには語ることができないが、
聖子ちゃんを私は姉として、ピエールは妻として関係を保っているのであるから、
私とピエールは義兄弟のようなもの。
フランスに行った時、そして海外の試合で会った時にはいろいろお世話になった。

彼はフランスをはじめとして世界中のパラグライダー関係者から慕われる存在だった。
いつも何かをつぶやきながら、シャキシャキ仕事をしている忙しそうな存在。
今回のキャンプでも、夕食時や、キャンプの準備、フライトの準備なども、だれよりも
シャキシャキと行動し、おかげで私もフライトが心強いものでした。

そんな彼が、突然いなくなりました。

============================================

その日は離陸時、強めの風で、シャル、聖子が飛び立った後、私の順番。
かなり風は強かったのですが、彼がサポートしてくれ、しかし、トーイングラインの問題
があったりして2回の取りやめ、再びの準備にも彼がシャキシャキと手伝ってくれ、
3回目でフライト。

砂漠のような大地を道を確認しながら私は6時間をフライトしたものの、その先の雨雲に
先を行くことができずに200qのフライト。
しかし、この日いつもと違い、途中では平均で6m/sを超える上昇にも会い、その割に
そのエリアを越えると突然サーマルが弱くなるというような、変動地の高い日でした。

日が強い場所から曇り空が日を隠す空域にて着陸した私は、野生のヤギやカンガルーを眺め、
自分のグライダーをパッキングしながら回収してくれる車を待ちます。
メインロードに降りたのですが、一時間に1台の車が通ったくらいの道。

回収車に乗った後、その車はその20q先にある小さな村へ。
この日はここでキャンプを張ることになりました。

この日はいくつかの問題が起きていて、私のSPOTがなぜが補足できていなかったり、(一緒に別のオーストラリア人
とフライトしていたので、位置は知らせていましたが)フランス人パイロットがやはりSPOT問題で見つかっていなかったり。
そして、ピエールの消息が分からなくなったということで、2台あるうちの1台はフランス人とピエールを捜索していました。

我々はGPSの軌跡をチェックして、ピエールの最後のGPS信号を確認していましたが、突然切れていました。
キャンプを張り終わり、夕食を取りつつ待っていたところに2台目の車が帰ってきたのはもう真っ暗になった夜の10時過ぎ。

ピエールが見つからない。
そういった連絡でした。

最後のGPSpointの高度からして推測される着陸予想範囲は広く、さらに彼の体力や、サバイバル力を考えていくと、
範囲が広く、暗くなってしまったこの時に我々ができることがなく、彼の過去の行動から予測して翌日早朝からの捜索をすることにして
この日は就寝しました。

翌日は朝日が昇ることには出発して、彼が着陸する予測地点から出られる道をひたすら捜索したのですが、見つからず、
同時に警察への捜索要請を行いました。

墜落をしたのかもしれないとどこかで思っていたのですが、その場合の救難信号が出ていないので、その可能性はできるだけ
考えたくなかった。そして、航空機の要請。空からの捜索に切り替わりました。

そこから彼が発見されるまで数時間がかかったと思います。
空から彼のグライダーが発見されたという一報は警察署で待っていた我々にもたらされたのは午後2時をまわったころだった
と思います。

すぐにレスキュー隊が向かいます。
その場所は最後のGPSpointからそれほど離れていない荒野の真ん中でした。

彼は地面に接したときにすでに亡くなっていたということでした。

聖子ちゃんが深い悲しみの中にいる時に、私はできることがなく、
すべてはフライトパートナーのシャルが賢明にやってくれていました。
私は本当に少しだけの手伝いをすることしかできなかった。

少し状況を落ち着いてからいろいろな連絡をしようとしていた聖子ちゃんでしたが、
ニュースの拡散力は光の速さで世界中に流れ、オーストラリアの地方ニュースから出た
この事故は、その日の夜には世界中から彼女のもとに連絡が入ってしまう状況。

しかし、その時にはまだ彼の体は回収されず、移送されたのは更に翌日のこと。
我々は最初のベースであるデニリクインに戻ることになりました。

そこから数日。
彼の話をしたり、聖子ちゃんと話をしたりして過ごしてきました。
私もさすがにフライトをする気にはなれず、話をたくさんしたように思います。

そして数日後、彼のことだからこのままフライトを中止するのは喜ばれない。
そういう話になり、気持ちは切り換えきれないまま空へと上がりました。

そして空に行き、トーイングラインを切り離して1000mの空から最初に思ったのは。
「世界は本当にきれいだな」
ということでした。

更に日数がたち、昨日、全員で、彼が発見された現場へと赴き、
彼との別れを行いました。

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聖子ちゃん、シャルたちはこれから帰国の手続き、その後の処理等で
いろいろ追われてしまうので、明日からは我々と別に行動をすることになっています。
私は、今回の残りの日程を、できるだけ飛ぶことをすることに決めました。

Thank you so much and
See you in the Air Pierre .

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posted by Yoshiki at 07:45| Comment(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月06日

イーグルアタック!!

キャンプ4日目。
記録が狙えるかもしれないコンディション。
問題は、記録を出すためにはコンディションが整う前に飛びはじめ、コンディションが良くなる前にどれだけ進んでおけるか。

そしてコンディションが良くなったときに取れだけ風が吹いて進めるのか。

最後に夕方の何時まで飛び続ける事ができるか?

この3つが整わないと500kmの壁を越えることができません。

この日は朝早くからキャンプを撤収してテイクオフポイントへ。

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皆やはり気合が入っているのか準備がいつもより早い。

それでも一番気合入れているのは勿論私です!!皆そう思ってると思うけど。

一番に準備してセットをしてトーイング開始したのが9時半を過ぎた頃。

高度800mで切り離してまずは最初のサーマルを探します。

20181206214732639.jpgこの真っ直ぐな道が離陸地点

とにかくこの日は風は強め。
風上に向かってもグライダーは全然進んでいません。
サーマルも風に流されているのでそれに乗って高度1000mまで上昇。

次に離陸する聖子ちゃんや、シャルを待とうとしたのですが、もう無理。

進むしかない。

すると、クワァーー!クワァーー!とイーグルが近づいてきます。
この鳴き声は全く有効的な響きがありません。

彼らは警告しているのです。

いつもリスペクトしてるのに!!憧れてるのよ、君たちに!と訴えても聞いてくれていません。

グライダーを揺すったりしながらなんとか追い払います。


いよいよ風に流されて行きながらそのままスタート。

そしていくつかのサーマルを捕まえているとき、それは突然でした。

翼の翼端からパスーン!!という音。
イーグルが急降下して私の翼にアタックしたのです!!

まじかぁ!!!
少し切れた翼。

全く予期してない攻撃。

幸い、グライダーの破かれた部分は小さいのと翼の端だったので、問題なく飛行できていますが、やられた!!

これにケチをつけられたのか、この先のサーマルに出会うことがなく、風の強い中、着陸。

この日は全く距離の出ない日でした。
着陸後グライダーをチェックすると

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爪でザックリやられてます。
夕方、リペアを施し

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これで明日も飛べます。
posted by Yoshiki at 19:48| Comment(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月04日

まずは日本記録を越える!

昨日、日本記録である375kmをフライト!
やりました!まずはいい出だし。

この日はベースのデニクリンから朝6時半に出発して一路北へ

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荷物はたんまり。このトラックがトーイングの車にもなります。

北へ100km程走ったところで、だだっ広い農場経入っていきます。

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ここがこの日のスタート地点。
風速は6メートル程。
強めの風。普段なら飛ぶか考える強さですが、記録には必要な風。

聖子、シャルが飛び、そして私の番。

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トーイングの車は2台なので、二人が飛んでから私のフライトタイムには時間差ができてしまうので、私が飛ぶときにはもう2機は見えません。

今日は一人旅決定。

風が強い中、準備ができると、ドライバーに、準備完了の合図をだします。
そして立ち上げ、車に進むよう合図を出します。

凧揚げ宜しく高度をあげて行く姿はまさにこんな感じ

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約500mで切り離し、まずは風下に行きながらサーマルを探していきます。
が、なかなかない。
飛んですぐ降りるのは嫌じゃ!!
と必死で探してサーマルを捕まえますが、なんせ低くて風が強い。

サーマルの形も乱れている中、なんとかドリフトしながらサーマルを捕まえてはすすみ、捕まえては進みを繰返します。

でもどうしても1000mまで上がりません。
広大なこの大地でこの高度だと、もうすぐに降りてしまいそうな雰囲気。

そんな恐怖と戦いながらの3時間。

離陸は11時だったので2時頃には場も温まり、サーマルが活発になってきます。
しかしこの日の条件は高度1600mといったところ

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前日のように2000mを越える上昇があれば少し余裕があるのに、常にサーマルを探すことを考えて飛んでいきます。

もう上昇をバリオ(昇降計)が感知すると自動的に体がセンタリングしている感じ。

途中、低い丘のような山が現れ、ユーカリの木が生い茂るその山を越える前には高度300まで落ち、危うくランディングしそうになることもありながら。
そしてその先では地上で大きな旋風ができ、そのサーマルに入ってしまい、グライダーを必死でコントロールしてまた高度を取り戻すということもありながら先に進みます。

ひたすら広い大地。
gpsの高度と距離を見る時間が多くなります。

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気がつけば300kmを越え、時間も6時をまわっていました。

自分の先日の記録は楽に越えられそう。
なんとか400kmなら日が落ちる前に行けるか?

そんな感じで進みます。
しかし日の力は弱くなってきます。

最後に残りの力を振り絞ったようなサーマルにのり、最後に現れた山を越えるも、その先にサーマルの気配はありませんでした。

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もう何もない場所に降りるしかないか。と考えていると、素晴らしくきれいな庭の家を発見。

そこにランディング。
距離は375km!!
日本記録です!!

この家に住むAtkinson一家が暖かく迎えてくれ、ドライバーが迎えに来るまで食事までご馳走になってしまいました。

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こういった人が、その国をよく見せるんだな。つくづくそう思いました。

オーストラリアは物価が高すぎるけどいい国!!

そして、ドライバーに迎えられ、この日の滞在キャンプ地まで三時間かけて行き、到着するやテントになだれ込んで寝たのでした。



posted by Yoshiki at 20:26| Comment(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月02日

トーイング講座

帰宅が午前様だったのですが、翌日は8時からトーイングの講義を受けるために、近くのバーへ。
そこで待っていたのは、ブライトというエリアのブライアン。彼は前回のワールドカップでお世話になった人物。

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トーイングとは引っ張る人も引かれる人も重要なのですが、
ヨーロッパや、日本では引く人のライセンスが必要で、責任も引っ張る側に大きいのですが、
オーストラリアではすべてパイロットの責任となるため、講習と試験を受ける必要があります。

理由としては、オーストラリアではトーイングが一般的で、その道具とHow toがしっかりしているので、
引く人の技術よりもパイロットの意識が高く必要なためです。

すでに昨日簡単な説明を受けて飛んではいますが、この日は専門的な講義を受けました。

・トーイングにおける3つの安全装置
・道具の種類や特徴
・離陸時の合図
・離陸時のコントロール
・切り離しの時の注意と無線
・緊急時の対処

内容は初めてな事が多く、かなり勉強になりました。
初めてのことを覚えるのは楽しく、また、自分の安全に直結するものなのでかなり真剣になれます。

トーイング時に使う道具の一つのこの紐。

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この紐一本で20sまでの強度があり、それ以上だと切れます。
パイロットの装備重量と風の強さで、リングにしたこの紐を何重かにしてつなげます。
(ほかにもシステム的なものもあるのですが、この安全装備が一般的なんだとか)

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ちなみにこれがシステム的な安全装置。

さて、講義のあとは実践。
実際に飛びます。

コンディションは昨日よりも風が弱いということで、距離も出ないということでしたが、
昨日の疲れも残っているので、近くで飛べるだけで満足。

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実践を前に確認があり、そして空へ。

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装備は昨日足りないと思ったものを改良したフル装備。
これで飛ばないと意味がないです。

グライダーはコンペ機(競技用)のENZO3ですが、引っ張られて上がるときには
グライダーを見てまっすぐになるよう微妙にコントロールするだけで問題なし。
途中でサーマルに入るときだけ少し怖いですが、基本的に全く問題なし。

そのまま高度500mのところで切り離します。
1000m近くまで高度を上げることもできますが、今日はこの辺で。
ちなみに公式の記録を出すためには、切り離しは1000m未満である必要があるそうです。

ちなみにこの日は昨日とは少し別の場所からの離陸。
理由は風向き。
パイロットを上空に上げていくためには滑走路のように車をひたすらまっすぐ走らせる場所が必要ですが、
それが風向きによってその場所が確保されているオーストラリアの広さはまぁ、驚きます。

フライトは1600mほどの高度を飛んでいくことができていたのですが・・・・・。
昨日の疲れが残っているのと、まだテストが残っていたので、50q程フライトした先の街にランディング。

ランディングしたグランドは、私がこれまでランディングしてきた中でトップクラスに入るほどきれいな
グランド。サッカーや、クリケットができるグランドなのですが、ゴルフ場のように芝が綺麗にされていました。

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こんな芝がグランド全体に広がっていた・・・・。

ここはこの街の高校。
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とにかく街も街行く車も、すべてがきれいです。
オーストラリアの景気の良さがよくわかります。

さて、すぐにピックアップされてモーテルに戻ると待っていたのは試験・・・・。

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内容はともかく、英語で頭を使います。
試験を終えると、間違ったところの確認。
間違った内容は英語の解釈が間違っていたというところでしたが...

夕方、明日からのミーティング

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先日300qを飛んだ時にも、風を背負って飛ぶのではなく、
空域制限や距離の関係でやや風を横から受ける形で飛んでいました。
こうすると600qの距離は時間的に達成できません。

そのために、今回、気象条件と風を見て、月曜日から2週間、あらかじめ一番飛べる離陸場所に
移動してキャンプを張り、そこから離陸するということをします。

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こんなイメージ。
移動距離も半端ない・・・・。

日曜日はそのための準備と休養にあてて月曜日に出発。
荷物と装備をここでもう一度確認していく必要があります。

さぁ、冒険の始まり!!
posted by Yoshiki at 06:22| Comment(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月29日

いざオーストラリア

さぁ出発です。
大会でなく、純粋に記録を狙うための旅は初めてで、新しい気分です。
冒険の気分。

荷物も山ほどの私ですが、今回はセントレアからChinaAirを使って上海経由のオーストラリア。

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セントレアから海外に出るのは何気に初めて、(いつも成田経由になるので、セントレアで
税関を通るのは初めてでした。)それにしても空いている。ラウンジも貸し切り状態。

日本の出発は余裕を持っているので問題なかったのですが、上海では一度中国に入国、
そして荷物も全部受け取って再出国で手続き。
乗り換えまで2時間無いのに中国の人ののんびりというかなんというか・・・・
かなり焦ってチェックインをしたら、「あと15分で搭乗です」だと!!

出国手続きにまたイライラさせていただき搭乗口に付いたのはもう搭乗が始まっていた時間。
はぁ、間に合った。
搭乗口では今回の記録で一緒のシャルが笑顔で待っていてくれた。

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よし、これであとはオーストラリアへ!!
あ、そうそう、ギリギリになった理由の一つに預け荷物のバッテリー問題がありました。
携帯用のバッテリーは手荷物に入れていたのですが、
Goproの予備バッテリーやらドローンの予備バッテリーまで全部出されて手荷物へ。
そんなこともやっていたのでない時間がさらにギリギリになったのです。

まぁ、とにかくオーストラリア。
入国後、手荷物検査。
我々は荷物がやたら多かったので、検査室に連れていかれます。
検査されている人たちは、荷物という荷物を全部出されて検査されています。

あーーー、面倒だな。
と思っていたのですが、「君たちは何しに来たんだ?」という問で、
「パラグライダーを飛びに来たんだ」という話から始まり、結果X線を通すだけで終了。
はぁ、良かった。いや、別に悪いものを持っているわけではありませんが。

そこから大量の荷物をもってまずはメルボルン行きのバスに乗ります。

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バスはメルボルンの駅について、そこから電車に乗り継ぎ約3時間

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あ、今回の旅にはなぜかキャラクターが付いてきます。

余談ですが、携帯にはこんなキャラが

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更にそこからまたバスに乗り換え2時間弱。
エチューカという町に到着。
そこで今回のドライバーが待っていてくれて、そこからさらに1時間。
あーもう移動につぐ移動。

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更に今回一緒のオウディとも合流。
彼はSupAirというメーカー等で映像を取っているカメラマン。
今回のチャレンジも映像を取ります。

そしてようやくデニリクインという町のモーテルに到着。
その道中は
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おーーーーー!!空が俺を呼んでいる!!

今回の挑戦ではこの街を中心に、天気を見て移動をしてキャンプをして記録を狙いますが、
まずはここを拠点に数日飛びます。

到着した日は、聖子ちゃん達先発組は飛んでいたのですが、この日は180qを飛んだそうです。
ただ、風が弱いということ。
明日はさっそく飛びます。明日もまだ風は強くないということ。
しかし、日曜にかけてコンディションは強くなってくるということなので、
まずは腕試し。

明日からフライトを開始しますが、飛んでいる場所は下記でリアルタイムで確認できます。
ただ、これは10分ごとの更新になるので、別のシステムでも行っていく予定

さぁ、チャレンジの始まりです。

posted by Yoshiki at 21:46| Comment(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月28日

いよいよ出発

さぁ、荷物もしっかり詰め込んだ。
荷物はグライダーだけで23sにして、
あと2つの荷物も23s。
入りきらないものはザックに詰め込んで。
それを車に詰め込み中部国際空港へ。

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チェックインも無事に終わり、今は飛行機待ちです。

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今回はChina Airを使って北京経由のオーストラリア。
北京ではフランスのシャルと合流して同じ便でメルボルンへ。
そこから電車で移動して聖子さんたちとの合流という流れ。

今回の大会ではない冒険フライトってのは思えば初めてです。
機材も多いけど。期待も大きい。

後は天気に恵まれることを願っての出発です。

それでは行ってきます!!


posted by Yoshiki at 14:26| Comment(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月22日

機材が重要!!

私にとって今年最後の国内戦が四国の徳島で行われました。
気合入れて挑んだ大会でしたが、その結果は空回りの目も当てられない順位。
調子は・・・・本当に良かったんですが、気合の入れすぎです。
後で思い返すと、いつもあそこの判断が、ここの判断が・・・・。と考えてしまうのですが、
結果は自分の判断ミスで、順位がそれを裏付けます。

ということで敗者はただ立ち去るのみ。
12月に静岡で本当の最終戦が行われますが、これには参加できないので、
私の2018年における試合は終了です。

そして私の2018年に残る最後のプロジェクトは

「世界記録を越えて飛ぼうではないか!!!
     目指せ600q!!
          in Australia」

いろいろな方々、企業様からのサポート、応援をいただきながら
ようやくここまでこぎつけました。

今年はできないかと思いました・・・・。
しかし、応援は足りてないので「俺もいっちょ応援してやるぜ!!」という方は
是非よろしくお願いいたします。

その時はこちらまでメッセージをください
ちなみに、H.P.でこのチャレンジの詳細、様子は今準備中。
HP自体も日本を発つ前にはリニューアル予定です。

今回、大会とは違うので、荷物がかなり多い。
チャレンジの期間も長いですが、フライト時間も長いので、
体力をどのように回復させていくかというのは大きな課題。

ちなみに、今回の機材はこんな感じです。

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まだこれでも全部ではないのですが・・・・。
今回は機材提供をしてくださっているスポンサー様のご紹介。


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いつもシューズを中心にパフォーマンスの高い機材を提供していただいています。
今回、離陸は強風の中、そして長いフライトになるので、靴は本当に大切です。
パラグライダーのXC(クロスカントリー)は走らないですが、靴というのは
かなり重要なファクターだと私は考えています。
私はいつもトレランシューズのAKASYAやULTRA RAPTORといったシューズを愛用していますが、
パラグライダーにはSYNTHESISなんかがおすすめです

MILLET 様

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空中では高度によって気温が違い、服のチョイスを間違えるだけで体力消耗が激しく、
飛ぶための集中力が変わってきます。ウェア、ヘルメットでお世話になっているMillet 様
ですが、今回は、体力回復で重要な寝袋も提供いただきました。
ドライナミックメッシュは発汗にも保温にも対応の下着。パラのためにあるんじゃないのか?と思ってしまいます。

KEEN 様

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飛ぶ為に、いい結果を出すために、OFFも重要なアイテムです。現地まで行く、
現地でリラックスする。シューズで応援してくださっているKEENさんは、
フライト後のリラックスタイムには必須なアイテムです。海外への遠征には
いつもUNEEKシリーズを履いていっています。飛行機でも快適ですが、
現地で歩き回ったりするのにもよくて、しかもおしゃれ。海外で「その靴どこの??」
と声をかけられたときには驚きました。

IC-JAPAN 様

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パラグライダーで飛んでいると日差しは避けられません。目の疲れって体に来ます。
特に目が弱い私はサングラス、そしてレンズが本当に重要で、IC-JAPANさんのレンズにあうまでは
悩んていました。今はI.C.スポルティ・デイナイトを愛用しています。
調光レンズで、紫外線が強くなればなるほど色が濃くなるのですが、見ていると違和感を
感じません。また、どんなサングラスにでも対応して作成してくれます。
また、サングラスはCEBEのPro Guide Japan(プロガイド・ジャパン)を使用しています。
写真のはS'track(エストラック)ですが、どちらも、「軽い・視界が広い・やわらかいフレームで痛くない」
とパラグライダーでもランニングでも、マウンテンバイクでも使っています。

MSR

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今回から機材提供していただくことになったMSR様です。
今回のチャレンジでは本当に睡眠が重要。そこでマットが必要だということで探していたところ、
MSR様に出会うことができました。
今回提供いただいたLUXURY MAPZ LITE SOL実際にここ何日か寝てみましたが、快適〜
心配していた睡眠問題も解消です。
また、今回いろいろな映像も撮ってくる予定ですが、DJIも扱っているということでパーツ等
サポートしていただいています。


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今年から正式にNAVITERからのスポンサーを受けています。フライトの記録は
GPS、ロガー機能の付いたナビゲーションが必須。これがないと飛んだ記録の証明になりません。
また、バリオメーター(昇降計)もパラグライダーには必須。
また、今回、新しくクロスカントリー用に発売されたHYPERも使用してフライトします。

A&F 様

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フライトのギア、そして機材一式を運ぶのに必要なキャリーバック等を今回A&F様から
提供いただきました。今回、現地で食べるインスタント食材等でかなりの荷物になるので、
それを運びやすく大容量のバッグを探していたので、本当に助かります。
イーグルクリークのかばんはソフトケースなのにかなり頑丈で、引っ張っていると重さを感じない!!
これからの旅の愛用品になりそうです。また、KAVUは社長もパラグライダーをやる空好き!
社名は「Ceiling and Visibility Unlimited」からきています!意味は「限りなく視界良好!!」これは
航空スラング!バリオやGPSを入れているのはKAVUのランチボックスだったりします。

次回はサポートしてくださっている方々の紹介です!


posted by Yoshiki at 08:53| Comment(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月10日

歴史と美しさと話題の宿「金具屋」

オーストラリアへのチャレンジも近づいてきて、今は準備とその前にやることで
予定が詰まってきています。
あと2週間です・・・・。

沢山のメーカーさん、個人の方から協賛をいただいております。
これから少しずつでも紹介させていただこうと思っております。

今日は今回のチャレンジに最初に協賛の手を挙げてくださった「金具屋」さんをご紹介です。

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「千と千尋の神隠し」のモデルの一つともいわれているこのお宿。
長野県の渋温泉内にあるこの宿は、昔から人気もあり、今は「スノーモンキー」を
見に来る外国人観光客も多い宿です。

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歴史あるこの宿ですが、実は今の九代目の頭首は私と大学時代からの友人。
全く大学は違いましたが、彼も学生時代からパラグライダーをやっています。
そして実は女将もパラグライダーをやっていた夫婦。

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初めて彼と出会ったのはもう20年も前なので覚えていませんが、
彼の既成概念にとらわれない発想というのは強く印象に残っています。

そんな彼は今この金具屋の当主、そして渋温泉の発展のために尽力しています。
歴史あるこの宿がどんなものか、どう魅力があるかはもうリサーチすると山のようにネットで
検索することができますが、彼はこの登録有形文化財に指定された金具屋を見て、歴史を知ることができる
館内ツアーを実施したり、また、これの面白いのは渋温泉内某所で、温泉DJとしても活躍(夫婦共に)
したりして、古きよきものと、新しいものを両方を表に出して渋を盛り上げています。
※ちなみに彼はキャラクターを描くのも上手で、渋温泉のキャラクターである渋サル君は
彼のデザインだったりもします。

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また、彼の祖父はもともとスキークロスカントリーの選手で、祖父、そして父が
長野オリンピック誘致に活躍された人物だったというのを最近知りました。

そうした背景もあり、今回「金具屋」さんが私のチャレンジに協賛してくださっています。

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世界記録をもってまたあの温泉をつかりに行きたい・・・・

posted by Yoshiki at 14:29| Comment(0) | 競技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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